巨木の渓

6月28日(火) 巨木の渓

 

 昨日、新潟の下越地方は酷い雷雨だった。

地域よっては避難指示も発令され、仕事帰りに通過する河川はどこも濁流と化していた。

 

 今日は代休。

下越方面での釣りは不可能なので、いつもと違う方向に車を走らせる。

街を抜け、水田の緑が広がって来た頃、会社用の携帯が鳴り出した。

 

 思った通り嫌な連絡だった。

停めた車の中で しばし電話で対処する。

これで 今日の往路のドライブは台無しだ。

チッと舌打ちして携帯を車のシートに放り投げる。

 

 林道は昨日の雨で各所に水が流れていて荒れている状態。

しかし渓流は予想通り濁りは取れている。釣りには問題無さそうだ。

いつも釣り支度の最中はワクワクするのだけれど、さっきの電話のせいで今日は全くその気分が出ない。

不機嫌なため息をつきながら入渓した。

 

 今日はいままで行った事が無い所まで遡ってみるかな。

釣っている最中も時々仕事の事が頭を過る。

こんな時に仕事の事は考えたくはないのだが・・・

いつもよりフライのプレゼンテーションに集中する。

 

 入渓して約3時間、過去行ったことのない所まで来たようだ。

辺りの樹木がだんだん大きくなってきている。

 

 もう既に良型岩魚を20匹くらいは釣っているだろうか。

尺上は出ないが、アベレージは26~28センチ。

皆 体色が濃くて力強い。

 木漏れ日が明暗のコントラストをつくる。

日に照らされた白泡がキラキラと輝き美しい。

  釣り始めて4時間。

流れは細くなり、傾斜もきつくなってきたが、魚影は一層濃くなっている。

今まではポイントを一つ一つ丁寧に叩いて来たけれど、そろそろ止め時を決断しなければならない。

上流はこれまで以上に魅力的な落ち込みが連続しているのが見える。

よし、フライを切取りリールをロッドから外した。

もう今日は釣りは止めて上流の様子を見る事にしよう。

 

 一段一段上がる度に小さな落ち込みの中を魚影が右往左往する。

ここで一日釣り上がったら一体何匹釣れるのだろうか。

辺りは深い渓となり、木漏れ日もほとんど無い深緑一色の景色となった。

 

突然現れた巨岩。そして杉の巨木。

巨岩から突き出す様に杉が生えている。

樹齢がどのくらいか私には分からないが、この谷間で数百年間ずっとこの渓流を見て来ているのだろう。

 これまでも各地で思いがけない景色に出会う事が有ったけれど、これは別格。

威厳な姿に圧倒される。

 

 今日はここまででもう思い残す事は無い。

最後にこの杉の巨木に一礼して上流に背を向けた。

私が歳をとり、この世から消えても この杉は永遠にこの渓流を見続けるのだろう。

そんな事を想いつつ渓流を歩いていると、私の雑念が徐々に浄化されていくのを感じた。